3年ぶりのシェムリアップにて。

こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。

 

唐突ですが、今晩のフライトで一時帰国します。

そのため今朝、プロジェクトを行なっているバッタンバン州カムリエン郡を出て、国際空港のあるシェムリアップ、アンコールワットのあるシェムリアップに移動してきました。

 

自分でも驚くぐらい、街に近づくにつれてなんだか懐かしい気分に。。

自然と涙がこぼれてきそうな、なんとも言えない感情になりました。

元々涙腺は緩い方なのですが、最近、歳のせいかさらにゆるゆるになってきているのです。。

 

なんとなくですが、シェムリアップの郊外って、わたしの地元と雰囲気が似ている気がするんですよね。

道路が広い割にそれほど交通量も多くなく、道沿いには程よく飲食店やホテル、お家なんかが並んでいて。

街中はさすがに都会すぎて、わたしはあまり得意ではありませんが。

 

懐かしく感じる理由はもうひとつあって。
実は3年前、1人でバックパックを背負ってシェムリアップに来たんです。

人生で初めての海外は20歳の時に行ったフィリピンと、比較的海外デビューは遅い方だろうと思います。

 

そんなわたしにとって、人生で3番目に訪れた国がカンボジアなのです。

大学2年生から3年生にあがる春休みに、意を決してタイとカンボジアに約1週間ずつ、1人で行くことに決めたんです。

その頃はなぜか、アンチ『地球の歩き方』という少し歪んだ性格だったため、ガイドブックなどを一切持たずに行ったことを覚えています。まずは地図を手に入れるところから始まり、その辺のおっちゃん・おばちゃんに片言の英語で話しかけまくるような旅でした。

でも、そのおかげで現地の人のあたたかさや、その土地に住む人だからこそ持ち合わせている知識に頼ることの大切さを、身を以て学ぶことができました。

それから、バックパッカーに大人気のカンボジア シェムリアップのゲストハウスで偶然出会った同世代の方々とは、今でもたまに連絡を取り合うなど、旅での収穫は大きな大きなものとなりました。

当時は若気の至りか、単純に頭が悪かったのか、2週間の旅に(航空券を除いて)交通費も合わせて150ドルほどしか持って行きませんでした。宿泊費も含めて1日10ドルという、結構きつきつな旅だったことを思い出します。

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そりゃあもう、目の前のかぼちゃプリンを撮るのに必死でしたよ。

それぐらい、追い詰められていました。

 

あれから3年と少しが経ちました。

あの時、まさか自分がカンボジアに住んで仕事をするなんて誰が想像をしていたことでしょう。

あの頃の自分と比べると、心の余白が大きくなったなあと感じます。

まず、コミュニケーションの面。当時は大学の授業以外で英語を使う機会がほとんどなく、英語を話すことができるのかどうかすら自分でも分からない状況でした。英語という、普段口から発しない言語を振り絞ることで、相手の話の内容を理解することで、精一杯。とにかく「言葉」にコミュニケーションを支配されていたような気がします。

しかし、今はそれなりに海外での経験を積み、余裕を持って英語でのコミュニケーションをとることができます。その余裕を、言葉以外のコミュニケーションにまわすことができている気がします。とはいえ、まだまだ勉強不足。まずは、ネイティヴスピーカー同士の会話にも割り込んでいけるぐらいにはならないと。。

 

それから、なんと表現すれば良いのか、、いい言葉が見当たりませんが、「感度」の面における余白。

海外に行くこと自体もまだ3度目なのに加えて、1人旅という形で海外に行くのは初めてで、もう見るもの、聞くもの、やること為すこと全てが新鮮でした。

目の前の「新鮮さ」で、当時のわたしの五感は一杯いっぱいでした。それはそれでもう楽しくて。
ただ、今は良くも悪くも海外での生活に慣れてきているので、全部が「新鮮」と感じることは困難になっています。

その分、これまで「新鮮さ」で埋め尽くされていた中に余白ができたので、3年前には感じ取ることのできなかったものが見えてきたり、考えられたりと、なんだか歳をとったなあと思います。

 

前に進み続けるのも良いのですが、たまには、これまで自分が辿ってきた道を振り返ってみることも大事だなあと。3年振りのこの地で感じています。

昔行った場所にふら〜〜っと行ってみるとか、昔読んだ本をさら〜〜っと読み返してみるとか。

 

当時の自分との「違い」を楽しめる今の環境に、感謝ですね。

さてさて、フライトの手続きをしなければ。


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