2017年07月

 


こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。


 


「石橋を叩いて渡る」


この言葉、一度は耳にしたことがありますよね。


堅固に見える石橋でも、なお、安全を確かめてから渡る。用心の上にも用心深く物事を行うことのたとえ。石橋を叩いて渡るの意味 - goo国語辞書


 


そんな、石橋を叩いて叩いて、手がぱんぱんに腫れ上がるほど叩いて、一向に渡ろうとしなかった過去の自分に、自戒の念を込めて。


 


ネルソン・マンデラ国際デー 


今日、7月18日はかの有名なネルソン・マンデラ氏の誕生日です。


2015年に出された国連事務総長メッセージでは、この日を「他者に尽くすための時間を取ることにより、自分たちが暮らし働くコミュニティーに変化をもたらすよう、世界の人々に行動を呼びかける日」だと明言しています。


 


「行動を起こし、変革を呼び込もう」


 


これが、ネルソン・マンデラ国際デーの背景にあるテーマです。


そう、今日は「変革」を起こす覚悟を決めるには、ぴったりの日なのです。


 


 過去の自分へ


「内なる変化がすべての変化の始まりであり、変革の主体者は私自身である」


これは、私が働く認定NPO法人テラ・ルネッサンスが大切にしている活動理念の一部です。


インターンを始める時からこの言葉に惹かれ、体現できるようにと努めてきました。


 


しかし、いくら頭で分かっていても、なかなか行動に移せなかった自分がいたのも事実です。


 


そんな自分に向けて、今だからかけられる言葉を。 


 


・・・・・・


 


「こんなはずじゃなかった」


何度もなんども口にした。でも、それで何が変わった?


自分にベクトルを向けることを恐れて、全部、外の環境のせいにして。


 


頭の中にはあったけれど、行動に移していなかった自分。


現状に対して抱えている不満や疑問を、口にするだけで動いていなかった自分。


 


変化を恐れている自分。


現状を、自分を変えることにびびっている自分。


 


自分の中の「理想」と「現実」


 


このギャップ、いつまで耐え続けんの?


いつまで指くわえて待ってんの?


 


 


本当にやりたいことってなんだっけ?


 


 


動こう。まずは動こう。


 


これ以上、時間を無駄にはできない。


これ以上、人生を無駄にはできない。


 


すべての思い込みから自分を解放しよう。


そのために、「事実」にきちんと目を向けよう。


 


将来のことを考えてわくわくするのは楽しいけれど、


きちんと「今、ここ」に向き合おう。


 


今を死ぬ気で生きれないやつに、未来を語る資格はない。


結局は「今」の積み重ねでしかないのだから。


 


今日から、自分の命が試される。


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ネルソン・マンデラ氏を描いた作品はたくさんありますが、私の大好きな映画のひとつです。


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こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。


 


皆さんは、「国際協力」という言葉を聞いて、どのようなイメージを持たれますか?


 


最近、わたしが読み始めた書籍『地域をつなぐ国際協力 (創成社新書)』の中では、以下のように書かれています。


一般に国際協力などというと、それは特殊な社会現象であり、その仕組みは複雑であり、さらに現場が海外にあるために一般市民にとって理解が困難なものとも考えられている。(22ページ)



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いかがでしょう?


 


「国際協力」や「NPO」「NGO」といった言葉も、以前に比べると一般市民の方々にとって、かなり近い存在になったと思います。


「国際協力」を行う学生団体や市民団体も増えて、書籍やテレビ番組の特集なんかも含め、様々なチャンネルから「国際協力」にまつわる情報に触れることのできる時代です。


 


そこでわたしが問いたいこと。


果たして「国際協力」とは、特殊なものでしょうか?


 


半分そう


というのはわたしがこの道を選んだ決定的な理由のひとつでもあります。


国際協力の仕事って、ひと言で表すと「世界を変える」ことだと思っています。


その前提には、変えなければならない世界の現状があるわけです。環境破壊や貧困、紛争など、挙げだすときりがないほどこの世界には問題が山積みになっています。そして、グローバル化した現代社会においてそれらの問題と無関係に生きていくことは不可能です。


いわゆる「開発途上国」で起こっている問題に、日本をはじめとする「先進国」に住む人々が加担していないと言い切ることはできない世の中になっています。


しかし、悲観することはありません。認定NPO法人テラ・ルネッサンス創設者の鬼丸はよく、このように言います。


 


「世界で起こっている問題はすべて、わたしたち人間がつくり出した問題


 それらを解決できる力も、わたしたち人間が持っている」


 


利潤の拡大や、社会をより便利で快適にするのではなく、「世界で起こっている問題を解決すること」それ自体が目的となっている点において、この仕事は他とは少し違っていると言えるでしょう。


 


半分そうじゃない


「国際協力」を仕事としている人が、毎日どのような作業をしているか想像したことはありますか?


 


アフリカの子どもを抱えて素敵な笑顔を浮かべている写真を見たことや、NGO/NPO職員が自身・自団体の活動を語る講演会に参加したことがある方は、このように感じているかもしれません。


なんてキラキラした仕事なんだ!と。


 


もちろん、その部分はあります。


特に、海外の事業現場で働く身としては、プロジェクトの対象者に直接会って話すことができますし、一緒に写真を撮ることもできます。彼ら彼女らの笑顔に直に触れること、変化を直に感じられることはわたしのような者の特権です。


 


しかし、それだけやっているわけではないんです。


 


同世代で国際協力界隈で活躍されている田才さんは、以前こんなブログを書いていました。


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そう、バックオフィスの作業も膨大にあるのです。これは(組織によって体制が異なるので、一概には言えませんが)海外の現地駐在員にも当てはまります。


例えば、2017年度の第一四半期を終えて、わたしも今週は集中して会計作業に当たっていました。データを会計表に入力したり、ひたすらレシートのスキャンをとったり。。

(ブログを更新していなかった言い訳です)


例えば、プロジェクトを管理するために、PCM(Project Cycle Management)手法と呼ばれるものを用いているのですが、これらのツールとにらめっこしたり。


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国内においては、組織体制を整えるために奔走する職員、ファンドレイジングのために数字を追いかける職員もいます。


 


現場でプロジェクトを動かしていく、あるいは組織として動いていく上では、とにかく、バックオフィス面での膨大な作業から(少なくとも、現状は)逃れることはできません。


 


村の人たちと話をする


子ども達と写真を撮る


人前で講演をする


 


これらは仕事の一部であって、すべてではないんです。


よく言われるように、強い光には必ず強い影があるんです。影といってもネガティヴな意味ではなく、人の目に触れることのない地道な作業もあるということです。


営業のためにひたすら電話をかけたり、会議の資料をまとめたり、いわゆる一般企業においてもこのような作業は発生しているはずです。


 


光があれば、影もある。


これはどの仕事にも当てはまるのではないでしょうか?


 


全部ひっくるめて「国際協力」


でも、そのような地道な作業もすべて含めて、わたしはこの仕事が好きなんです。


なぜなら、それらひとつひとつの作業が、新たな笑顔をつくることに繋がっていると知っているから。


国内、海外問わず、一人ひとりの小さな積み重ねが、世界を平和に導いていくことを確信しているからです。


プレア・プット村の子ども達 photo by Yuki Nobuoka


 


結論、「国際協力」は特殊な部分もあるかもしれないが、他の仕事とさほど変わらない部分もたくさんある、ということです。


将来的に「国際協力」に携わりたい方は、事前にこのことも知っておくと良いかと思います。


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こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。


今回は、わたしたちが2009年から村落開発支援プロジェクトを実施している村のひとつ、プレア・プット村での活動をご紹介します。


プレア・プット村は2つのコミュニティに分かれているのですが、この記事でご紹介するのは2014年に新たに編入された、24世帯が暮らす山の麓にある小さなコミュニティです。


 


なぜ?


以前の記事でも書きましたが、わたしたちの活動地であるカンボジア北西部バッタンバン州は、戦闘の影響を受けて多くの地雷が埋設された地域です。


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中でもプレア・プット村は「地雷ベルト」の中に位置し、この村だけで6,000個以上の地雷が撤去されています。


このような地雷原は、地雷撤去がなされる前であっても危険を承知の上で、土地を求めて移住した貧困層の家族が多く暮らし、地雷撤去後も十分な農地を持たないために厳しい生活を強いられています。


 


プレア・プット村(小)にも、1987年に最初の家族が移住してきました。現在、この地域に住んでいる24家族も自らの土地を所有せず、村人の多くは1日5ドルの日雇い労働かタイへの出稼ぎが主な収入源となっています。


また、この地域は編入以前のプレア・プット村にある小学校から離れており、道も悪いために子どもたちは小学校へ通うことができていませんでした。


そこで、2015年10月に学校としての小さな建物を建設しました。同年、11月1日から授業を実施しており、現在は33人の子ども達に対して、幼稚園と小学校低学年の授業ができるようになっています。


プレア・プット村(小)に建設した幼稚園 photo by Yuki Nobuokaプレア・プット村(小)に建設した幼稚園 photo by Yuki Nobuoka


 


小学校に通えない?


1番小さい子は3歳で、1番大きい子だと13歳です。


小学校に通っていてもおかしくない年齢なのですが、通えていないのにはアクセスが悪いこと以外にも理由があります。


 


子どもとはいえ、カンボジアでは小学校高学年にもなると、立派な労働力としてみなされます。これは児童労働にも当てはまります。


体が大きくなると畑仕事もできるために、親と一緒に日雇い労働に出て行って家計を助ける子どもが多く、小学校をきちんと卒業できる子どもは、まだ10%にも満たないのです。


また、幼稚園に通うぐらいの年齢の小さな子どもを家に置いて仕事に行くのが心配な親は、子どもを連れて仕事場に行ってしまいます。


 


これは、子ども達が教育の機会を失っていることを意味します。


 


カンボジアの教育制度は、日本と同じ6・3・3制の義務教育です。多くの学校では7時〜11時、13時〜17時の二部交代制となっています。


朝の早いカンボジアですが、プレア・プット村(小)でも7時過ぎから幼稚園の授業が始まります。9時になると幼稚園の子ども達と小学校低学年の子ども達が入れ替わり、11時まで授業があります。


一般的な学校教育が1日4時間なのに比べて、この地域の授業は1日2時間です。1週間単位、1ヶ月単位、1年単位で見ていくと、学習時間の差は圧倒的です。


 


給食、始めます


このような状況を踏まえて、幼稚園/小学校で朝食と昼食を提供することになりました。


幼稚園/小学校の裏に建設されたキッチン photo by Yuki Nobuoka幼稚園/小学校の裏に建設されたキッチン photo by Yuki Nobuoka


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わたしも椅子や机を運びました


 


これまでに家庭の状況によって足りていなかった授業時間を、午後の時間も使って勉強することができるようになります。今週の金曜日から食事が提供されるようになったら、午前・午後の計8時間の授業を、先生もやる気満々です。


給食の調理は村人にお願いし、野菜はプロジェクトで推進している家庭菜園によって村人が作ったものを購入する予定です。


給食調理員のキーさん、クーンさんも「朝の4時に起きて準備をしないと!」と、やる気満々です。キッチン用具が盗まれないようにと、布団を持ち込んで寝泊まりするぐらいです。


給食調理員の2人 photo by Yuki Nobuoka給食調理員の2人 photo by Yuki Nobuoka 


整理整頓されたキッチン用具 photo by Yuki Nobuoka整理整頓されたキッチン用具 photo by Yuki Nobuoka


 


元地雷原で暮らす子ども達にも、看護師や学校の先生、エンジニアなどの夢があります。


生まれた場所が違うからという理由で、子ども達は夢を諦めなけらばならないのでしょうか。


この地域の子ども達が大きく羽ばたけるように、問題の根本的な解決に向けて活動を続けていきます。


幼稚園の授業風景 photo by Yuki Nobuoka幼稚園の授業風景 photo by Yuki Nobuoka

 


こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。


皆さん、「ワークショップ」という言葉を耳にしたことはありますか。


NPOやNGOをはじめ、広く市民団体や最近では地方公共団体なんかでも、よく取り入れられる手法です。特に、国際協力や街づくりに関心のある方は、ワークショップ形式の講座やイベントに参加したことがあることと思います。


また、教育現場においてもこれまでの一方通行型の授業に取って代わって、用いられているのではないでしょうか。


 


今回は、そんな「ワークショップ」について、改めて考えさせられる書籍『ワークショップ―新しい学びと創造の場 (岩波新書)』をご紹介します。


将来、NGOで働きたい方から、街づくりに携わりたい方、教員を目指している方、ビジネスの世界で頑張っていきたい方まで、「誰かと何かをしたい」すべての方におすすめです。


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この本、初版発行日が2001年と、もう15年以上も前になりますが、その内容は今読んでも革新的なもので、ワークショップの本質を突いていると思います。


 


第1部では「ワークショップとは何か」を改めて定義づけ、その興隆の背景を紹介しています。その上で、現在日本で実施されている様々なワークショップを7つのカテゴリーに分けて、概要を説明します。


第2部では、著者の体験をもとに「ワークショップの実際」の様子について、第3部においては「ワークショップの意義」と題し、ワークショップの持つ特徴や現代社会における意義、可能性を述べています。それだけでなく、ワークショップの限界や注意点にも言及している点が興味深かったです。


最後の第4部では、ワークショップ的な手法を実際の社会で応用するための具体的な方法が「ワークショップの応用」としてまとめられています。


 


書籍のタイトル通り、ワークショップに関してまとめられているのは当然なのですが、わたしが印象に残ったのは普段なら読み飛ばしてしまいそうな箇所でした。



いたずらに目的地に心を馳せて今ここの瞬間をおろそかにするよりも、「今、ここ」を味わうこと。それなくして、いつ最終目的地に到達するというのだろう。

(113ページ)



 


未来のこと、将来のことを考えてわくわくするのがわたしの趣味のひとつなのですが、 結局それらは今の積み重ねでしかないことを改めて思い出させてくれました。


 


わくわくの未来を手に入れるためにも、「今、ここ」をもっと深く味わおうと。


 


また、なぜワークショップの現代的な意義を紹介する場面で、以下の問いがなされます。



本当の豊かさとは何だろうか。モノをたくさん持つことやエネルギーを大量に消費することが「豊かさ」の指標になるような時代は終わった。では何が?

(151ページ)



短いですが、かなり本質的な問いですよね。



私たち一人ひとりは地球を構成する小さな細胞だろう。もっている知恵も力も情報も大したものではないかもしれない。しかし、その小さな細胞がそれぞれの知恵と力と情報を持ち寄り、相互に関わりあう中で、単なる総和を越えたもっとずっと大きな知恵や力を生み出すことがあるのだ。

(157ページ)



 


ワークショップはそのための手法のひとつであると。


 


すでに書いた通り、ワークショップの可能性に陶酔するのではなく、批判的な視点からワークショップについて著者の考えが書かれている点も、非常に面白いです。


 


この本を読んで、将来的に自分がやりたいことが、また何となく見えてきたような気がします。


興味のある方はぜひ、お手にとってみてください。


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こんにちは!新卒「国際協力師」の延岡由規(@yuki_nobuoka)です。


今週の金曜日には、カンボジア事務所で共に働くカンボジア人スタッフを主な対象に、がっつりと時間をとって研修を行いました。


日本に拠点があり、海外にも事務所を置いているNGO/一般企業でもそうなりがちかもしれませんが、現地人スタッフと日本人スタッフの視点にギャップを感じることは少なくありません。


これはわたしが学生時代にウガンダ事務所に滞在していた時にも感じたことですが、現場にいると一番近くに存在するのは「現場事業」であって、いわゆる「受益者」です。


 


もちろん、それはそれで間違いはないのですが、視野が目の前のことのみに狭まってしまい、現場事業を遂行すること、現場事業の成果を上げること自体が活動の目的になってしまいがちです。


例えば、わたしが2年前にインターンをしていたウガンダ事務所では、元子ども兵社会復帰支援プロジェクトを実施しています。そのウガンダ事務所は、2011年からウガンダ人スタッフが主体となって運営をしているのです。


わたしがインターン生として駐在していた期間も、常駐の日本人スタッフはおらず、基本的にはウガンダ人スタッフらが意思決定をし、現場事業を管理していました。


 


ある日、スタッフらと話をしていると、テラ・ルネッサンスという組織自体の話題になり、わたしは質問をしてみました。


「ウガンダ事務所以外ではどんな事業をしているか、知っていますか?」


すると、こう返ってきたのです。


「ウガンダ事業と同じじゃないの?」


他の国、事務所でもウガンダ同様のプロジェクトを行なっていると思い込んでいたようです。


 


また、わたしたちは「世界平和の実現」というヴィジョンのもとに事業を行なっているのですが、よくよく話をしてみるとウガンダ事業の目標達成=ヴィジョン達成だと捉えているようでした。


この時、視点のレベルに大きなギャップを感じ、違和感を覚えたわたしは、ウガンダ事務所スタッフにもう一度、テラ・ルネッサンスという団体についてプレゼンをし「足並みをそろえる」作業を行いました。


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本部があって、支部があるような組織ならおそらく、このような話は往往にしてあることと思います。


最終目的の共通認識が明確になっておらず、「手段」が「目的」になってしまっている状態。


これを解決するための効果的な方法のひとつに、「繰り返し丁寧に、対話を重ねていくこと」があるかと思います。


 


この4月から新しいスタッフも入り、カンボジア人スタッフが8人、カウンターパートのスタッフも入れると10人と、カンボジア事務所も人数が増えてきたこともあり、一度時間をとって話をすることになりました。


アジア事業マネージャーの江角より、ヴィジョンやミッション、わたしたちテラ・ルネッサンスで働く者として大事にすることなどを改めて伝えます。f:id:yukinobuoka:20170709161819j:plain


 


そして、わたしからはカンボジア事業以外の事業紹介。


それぞれのプロジェクトは、それぞれの目的を持って展開しているが、最終的には共通のヴィジョンにたどり着くための活動であること。


「自立と自治」「レジリエンス」「オーダメイド型の支援」など、現場支援において大切にしている考え方。


「ひとり一人に未来をつくる力がある」ということ。


そして、わたしたちがやるべきことは、対象者に内在しているその力が発揮される環境整備であること。


などなど。


時間が限られていたために簡単にしか説明できなかったのが心残りですが。


 


その後は、カンボジア事務所で大活躍中のインターン生から、「自立と自治」を促進するプロジェクト実施に必要な、村人たちとのコミュニケーション法について、研修をしてもらいました。


ベースになっているのは、この本の「メタファシリテーション」という手法です。 


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ワークショップ形式で何かを学ぶ機会が、これまでそう多くなかったカンボジア人スタッフたちに、日本語でもなかなか説明するのが難しい内容を、最後までやり切ってくれたことに感謝です。 f:id:yukinobuoka:20170709161838j:plain


 


今回の研修内容を、1回きりで、各人がすべてを理解できるとは思っていません。


大事なのは「繰り返し丁寧に、対話を重ねる」こと。


そして、わたしも含め全スタッフが、あらゆる物事に対して視座を自由に上下しながら思考ができるようになっていきたいです。


 


より良い事務所で、より良いプロジェクトを推進していくためにも、組織内外の対話をこれからも大切にしていきたいものです。

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